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 そろそろかな。みちるは携帯電話をバッグから取り出した。インターネットのボタンをクリックして日本ボクシング協会のホームページを開く。今日付で日本ランキングが更新されている。女子日本フライ級のランキングを見ると、「一位 竹嶋みちる」と書かれていた。みちるは「やった」と握り拳を作る。
 これで日本タイトルマッチの挑戦権を得ることが出来た。チャンピオンの次の指名試合で否応なしに挑める。由香理との王座決定戦に敗れて一年。再起戦で日本ランキング7位、そして次戦で2位の選手にKOで勝利してまたここまで上り詰めることが出来た。プロボクサーになって四年になるけれど、この一年はとても長かった気がする。ファイトスタイルを一から見つめ直して、基礎から徹底的にやり直した。それで自分の闘い方が何か変わったというわけではないけれど、前よりも一日一日の練習を大切に出来た気がする。明確な目標を持ってそのためにボクシングの事だけを考えて過ごしてきた。でも、まだ目標を達成出来たわけじゃないから喜ぶのはこの辺にして気を引き締めなきゃ。あたしの目標は日本タイトルのベルトを取った先にあるんだから。
 早速、着替えて練習することにした。今日からチャンピオンの谷川静瑠を見据えて練習だ。スパーリングでも高野に谷川静瑠を想定して相手してもらわないと。
 みちるは壁にたてかけられている練習生の名前が書かれている木の名札を見る。高野の名前が書かれた名札は表になっている。高野はもうジムに来ているんだ。あれっでも、今日はまだ高野を見かけてない。改めてジムを見渡したれど、やっぱり高野の姿は見かけない。
 トレーナーの若菜さんが会長室から出てきたので、みちるは声をかけた。
「若菜さん、高野知らない?」
「琢磨ならもう帰ったよ。今日は夜に用事あるからって早めに来て練習してさ」
「そうなんだっ」
 なんだ、高野はもう帰ったのか。みちるはがっかりして頬を膨らませる。
「それよりみちるちゃん。会長が呼んでたよ」
「えっパパが?」
「何の用だろ。聞いてる若菜さん?」
「さぁ、そこまでは」
 若菜さんは首を横に振る。
「分かった。ありがとう、若菜さん」
 みちるは練習場の奥にある会長室に入った。
「ねぇ、パパ。用って何?」
 パパは両腕を組んで渋い表情で唸っていた。こちらに気付いて、すぐさまいつもの温和な表情に戻る。
「いや、日本チャンピオンの谷川静瑠なんだけどな、右手を怪我したらしくてな、今度の防衛戦を延期するそうだ」
「なにっそれ。じゃあ次の指名試合も遅れるってことなの?」
 みちるは不満そうに大きく口を開ける。
「そういうことになるな」
「えぇっ、じゃああたしとの防衛戦はいつになるのぉ」
「防衛の義務期間の半年ぎりぎりまで伸ばすんじゃないか。だから、みちるとの防衛戦は八か月くらい先になるかもしれないな」
「そんなぁ。そんな待ってられないよ」
「まぁいいじゃないか。谷川は利き腕の拳を怪我したんだ。延期の期間内に完治するかも分からないし、彼女が治療に専念している間、みちるは十分に練習を積めるんだ。ひょっとしたらチャンピオンが次の防衛戦で負けるかもしれないぞ。だったらみちるがチャンピオンになれる可能性はもっと上がるぞ。挑戦者の秋山サリナはそんな危険な相手でもないしな」
「どっちが勝ったってかまわないよ。八か月も先なんて待てないよ。これじゃ由香理との試合がいつになるか分からないよ」
「由香理!?」
 父が顎を上げて少し裏返った声で言う。
「そんな驚くこと?」
「由香理って何のことだ?」
「言ってなかったっけ。フライ級のチャンピオンになれて防衛を重ねたらいずれもう一つ上のスーパーフライ級のベルトも取って二階級制覇して由香理を挑戦者に指名しようと思ってたんだけど」
「なんだっ…そんなこと考えてたのか」
 父は首を下ろしながら息をつく。
「何、安心しきった顔してるの。ひょっとしてまたあたしが負けると思ってるの」
「いやまぁ、今はともかくそんな先のことは分からないけどな」
「今はって何よ。今試合したら負けるってこと?そりゃあ由香理との実績はだいぶ違うけど、一年前のあたしとは違うんだから」
 とみちるは言ったが、父からは返事が来ず、パソコンの画面の方に目を向けている。
「ってパパ聞いてるの」
「あぁ、聞いてるさ。まぁ氷室由香理との試合は置いといて、次のタイトルマッチまで待つしかないんだ。いいな」
「えぇ~っ」
 みちるががっかりした声で不満を表わしてると、父は「しょうがないじゃないか」と言いながら右手でパソコンの画面を閉じた。
「パパ。さっきからなんかおかしくない?」
「いや、そんなことないよ」
 父の眉毛が上がり、掌を横に振る。
「パソコンばっか気にしてるじゃない。パソコンがどうかしたの?」
「いやっ、それは…」

 喫茶店に入り、高野は店内を見渡した。お目当ての人物はすでに席に座り、お茶をすすっている。
「珍しいな。由香理から呼び出すなんて」
 由香理の座るテーブルの前で彼女と目が合うと高野はそう言って椅子に座った。高野はウェイトレスを呼んでホットレモンティーを注文した。
「迷惑だったかしら?」
 手にしていたカップを下ろして由香理は言った。
「いや、気にもなってたしな」
「試合に負けたから落ち込んでるとでも思ってるの?」
 由香里は拗ねたように視線を下に外して続けた。
「そんな気のされ方は不本意だわ」
「わりぃ」
「冗談よ。私もね、あの試合のことは誰かと話したいと思ってたところなの」
「そうか…。俺でよければいくらでも話聞くよ」
 ウェイトレスがホットレモンティーをテーブルに置いた。高野は砂糖をスプーン半分入れてかき混ぜてから一口すする。
「琢磨から見てどうだったかしら」
「残念な結果に終わったけどさ、でも、難攻不落なチャンピオンをダウン寸前まで追い詰めたんだ。健闘したと思うぜ」
 高野は明るく振舞うように言った。由香理は表情には出してないものの、世界戦で敗れて気落ちしているはず。少しでも彼女の気持ちを楽にさせてあげたかった。
「そうかしら…」
 由香里は首を横に振る。
「たしかに第3R、第4Rは私のラウンドだった。でも、マリーゼにはまだまだ余力があると感じられたわ」
 由香里はそう言って、握りしめた右の拳をテーブルの上に置く。
「私が攻めているというより攻めさせられていた。試合が終わってから振り返るとそうとしか思えないのよ」
「完敗だったってことか?」
「そうね。少なくともあと少しで手が届くところにないわ。マリーゼが手にしているベルトは」
「由香理のボクシングでも通用しないレベルか。想像以上だな世界チャンピオンの住む世界は」
「琢磨…」
 張り詰めるようにしていた由香理の声が一転して寂し気に聞えた。
「どうした?」
「一年前、私は琢磨にボクシングで結果を出すまで恋愛するつもりはないって言ったわね」
「あぁ…そうだったな」
「私は常に心を研ぎ澄まして世界戦のリングに臨んだ」
 由香里は握りしめていた右拳を自分の顔の前に上げる。
「でも、試合は私の5RKO負け。常に研ぎ澄まされた心は案外もろいものなのね。あのチャンピオンと闘って痛感したわ」
 自分の顔の前に上げていて右拳を開ける。そして、そのままその右手に視線を向け続ける。
「私は辛い時は辛いと言いたいし、悲しい時は悲しい表情をしたい。ファイターの仮面をつける必要なんてない。ありのままの自分でリングに上がりたい」
「由香理…」
 由香里がこちらに顔を向けた。
「私は愛する人に支えてもらいたい」
 由香理の目は吸い込まれそうなほどに真っ直ぐだった。強くて儚げでもあり、花のように美しく。
「そっか…」
 ろくな言葉を出せなかった。俺の気持ちは七年前、一人の人間に向けられていた。でも、自分の夢を適えるのを優先して自分の思いを伝えるのを先送りして、それで…。
「今、返事はいらないわ。私は復帰戦で日本タイトルにもう一度挑戦するわ。その試合の私を見て、試合が終わった後でどうかしら」
「分かったよ、試合が終わった後には必ず返事をする」
 と言って高野は続けた。
「がんばれよ試合」
 高野は由香理に笑顔を向けた。
「ありがとう琢磨」
 由香理も笑顔を返す。今日初めて見せてくれた由香理の優し気な表情だ。同じジムで練習していたころとだいぶ変わったと高野は改めて思った。あの時はプライドが高い我儘娘だったのに今はすっかり大人の女性に変わっている。みちるというライバルが出来てからだ由香理が変わったのは。学校でみちると由香理が試合をしたあの時から。それに比べて俺はどうなんだろう。俺はボクシングのことを考えてばかりだ。自分の気持ちを伝えるのを先送りして、先送りして。俺の気持ちは…。

こんにちは、竹嶋様。
先日お話ししました女子スーパーフライ級日本チャンピオン決定戦に竹嶋みちる選手が出場の件ですがその後お考えのほどはいかがでしょうか。竹嶋みちる選手が無理な場合はバンタム級の選手に出場を打診しますので今週中までに返事を聞かせていただけたらと思う所存です。

日本ボクシング協会 津川紀一郎

「ちょっとパパ、スーパーフライ級のタイトルマッチってどういうことよ。あたしに出場の打診が来てるじゃない!」
 パソコンの画面に開かれていたメールを見るや、みちるは父に言った。
「いや…メールの通り女子スーパーフライ級でチャンピオン決定戦が開かれることになってな、でもな、一人の選手は決まったんだけど、もう一人がなかなか決まらなくてな。上位ランカーに軒並み断れたみたいなんだよ。それで一階級下のみちるに話が来てな」
「あたしに? 別にあたしはスーパーフライ級でもかまわないよ。早く挑戦出来るんならそっちの方がいいかも。で、相手は誰なの?」
 父はしかめった表情のままなかなか言わない。
「どうしたのよ?」
「それがな…氷室由香理なんだ」
「由香理が!」
 みちるは大声を出して父に詰め寄った。
「やる。パパ、あたしこっちのタイトルマッチに出る」
「待て、みちる。お前はフライ級の選手なんだ。一つ上の階級で試合はまだ早すぎる」
「だって相手は由香理なんでしょ」
「氷室由香理だからだ。正直言うとな、今のみちるじゃまだ氷室由香理には勝てないと思っている。負けると分かっている相手と試合させるわけにはいかない」
「そんな…」
 みちるは顎を引いて視線を下ろした。
「まずはフライ級のベルトを獲ってからだ。いずれ氷室由香理と闘える日が来るさ。焦ることはない」
 いずれ…。パパの言う通り、勝ち続ければいつかまた由香理と闘うチャンスは来るかもしれない。無理してなんて…。
 みちるは病院で泣き続けた時を思い出す。
 お元気でと言って彼女は背中を向けて去って行った。
 無力なあたし。遠い彼女の背中――――。
 このままじゃあたしは一生由香理に勝てない。
「それじゃダメなのよ。由香理は無理してあたしと闘うためにフライ級にい続けたのよ。それなのにあたしが由香理と闘えるチャンスから逃げるなんて絶対出来ない!!」
 みちるは父に向って叫んだ。
「みちる、お前…」
 父は目を瞑り、ふぅっと息をついた。それからみちるの顔を見る。
「分かったよ、お前の気持ちを尊重するよ」
「ホントパパ!」
「でも、地獄の練習が待ってると思えよ」
 父が意地悪そうに笑う。
「分かってるってパパ」
 みちるは右手で握り拳を作って応えた。
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小説・ときめき10カウント~あの時の約束 | コメント(4)
コメント
こうなるんだ! 恋愛もボクシングもおもしろい局面に!
No title
展開の妙、ですね。しばらく間が空くの
かな、と思っていたら、来ました決戦!
と、見せかけて修行編というかときめき
パートになるのかもしれませんが。わはは。
どんなラストが待ってるのか楽しみです!
Re: タイトルなし
> Jkllmさん
ありがとうございます(^^)原作が少女漫画なので恋愛の要素も強く出そうと思ってこんな展開にしてみました。楽しんでもらえて良かったです(^^)
Re: No title
> 虎紙さん
ありがとうございます(^^)
第7話で決別したのに、次の話でもう再戦なのかと自分で突っ込みながら話を書いてましたけど、勢いを継続させたかったので勢いのままに再戦の流れでいきました。虎紙さんの言葉通り、次は「決戦」となります。タイトルに「ときめき」という言葉が入ってるので、ときめきパートにも力を入れて展開していきたいと思ってます。それが次回になるかは見てのお楽しみで(^^)

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