「Valkyrie age」第一話
2018/02/11 Sun 21:25
高級なスーツを着た紳士や煌びやかなドレスを着飾った婦人たちの談笑がノイズのように響いている。
エリート階級たちの社交場。
あたしには場違いな場所だ。
やってられない。明日は試合だってのに。
「そうつまらない顔をするな」
斜め上から下りてきたエルマの声。
振り向くと隣に彼が腕を組むように立っていた。
陸軍の少佐であたしの上司兼ボクシングのトレーナーだ。
「御前はパーティーの主賓の一人なんだ。周りの目を集めていると思っておけ」
そう言ってエルマが続ける。
「笑顔でいろとまでは言わんがな」
ユウは組んでいた両腕をほどいた。
解いたのは腕だけ。
表情を変えるつもりはなかった。
この場にちょっとでも融け込むことが嫌なんだ。
あたしは戦士。そして、明日は大事な試合が控えているんだから。
「ところでコスモス側の選手は誰なんですか?」
「俺も分からん」
はあっと息が出た。試合相手の選手が分かると思って我慢して来たのに。
「いずれ分かるだろう。パーティーの中で試合に出るファイターは必ず紹介されるからな」
「そうですか」
こんなところでパーティーの余興みたいに大々的に紹介されても。
動物園にいる猿じゃないんだから。
エルマが前へと出る。
「どこに行くんですか?」
「挨拶しておかんといかん人間がたくさんいるんでな」
振り返らずに答えるエルマがテーブルの上を指差す。
「くれぐれもここに出てる飯は食べるなよ」
普段から低い声が一段と低くなった、
「どんな手を使って毒を盛ってくるか分からんからな」
そう言い残して離れていくエルマの背中を見ながら分かってますとユウは小さく呟いた。
明日の試合は長年追い求めていたもの。
明日の試合に勝てば父の情報を手に入れる可能性が格段と上がるかもしれない。
四十年前に人類は宇宙に住む時代を迎えた。人口増の問題を解決するために人工の居住地スペースコロニーを開発して宇宙に飛ばしたのだ。徐々にスペースコロニーに移住する人は増え今では地球の人口の五分の一が生活し、スペースコロニーの数も七つになっている。
でも、スペースコロニーは宇宙で生活していても地球の一部であって、彼らは遥か遠くに住む地球人。その構図が差別と搾取をもたらした。
地球側にすべての決定権があり地球が何事においても優先という構図に不満を蓄積させたスペースコロニー側は、すべてのコロニー間でコスモスという同盟を組み、地球に戦争を仕掛けた。一年に渡ったその戦争は地球側の勝利で終わり、スペースコロニーとで和平が結ばれた。それでも、今も地球による差別と搾取は続いている。戦争が終わり和平が結ばれても何も変わらないのだ。
多くのものを失っただけ。大切なものを失っただけ。
あたしの父はその戦争で亡くなった。
あたしの家に爆弾が落とされた。
一人家にいた父。助かるはずがなかった。
爆発した家の中で見つかった父の死体には銃弾の跡が胸にあった。
軍人でなく宇宙学の学者であった父が戦争で銃殺された。それは戦争に巻き込まれたのではなくて計画的な犯行だった。父の友人である宇宙学の学者のエマーソンはそう母に説明していた。幼かったあたしは部屋の外から偶然に聞いてしまった。
父はなぜ殺されたのか。
誰に殺されたのか。
あたしは真実を知りたくて決意した。
軍人になる。そして、コスモス側とで毎年終戦日から三日間開かれる平和の祭典「エターナルピース」のメインとなるイベント、女子同士のボクシングの試合に出て勝つ。試合に勝った地球側の選手は全員が軍人で皆軍の幹部に昇格している。ボクシングの試合でコスモスの選手に勝つことは至上命令。戦争に勝った地球がコスモスに負けることは絶対にあってならないこと。その命令通りにこれまでの九年間は地球のファイターが勝ち続けてきている。軍に入隊して二年目で掴んだ大舞台での活躍の場。幹部になれば戦争で起きたことを知る機会が一気に増える。
そのために十二歳からボクシングを始めた。ボクシングは好きになったしジムの仲間と一緒に練習する日々は楽しかった。そのままジムに残って世界チャンピオンを目指したい思いもあったけれど、父の死の真相を知りたい思いを捨てきれなくて軍人になった。
軍に入隊してからはジムの仲間と会うことはなくなった。いいやつばかりだったけど・・・。特に仲が良かったのはキララ。あたしと同じ年の彼女は同じ時期にボクシングのジムに入会してきた。強くなりたいという理由で。
口の悪いあたしの愚痴に彼女は嫌な顔をしないで聞いてくれた。
分かるよ、ユウちゃんの気持ち。
彼女はよくそう言って頷いてくれた。
彼女にそう言ってもらえるだけでギスギスしたあたしの心は和らいだ。でも、彼女とだけはもう二度会うことはない・・・。
十五歳の時、キララはスペースコロニーに移住してしまったのだ。
もう会うことはなくても、明日の試合はスペースコロニーでも放送されるみたいだから、あたしの元気な姿だけでも見せられたら良いかな。
ユウちゃんはすごいなぁ。
練習の時によく言っていた言葉をもう一度言うかも。
「ユウちゃん」
キララの声がユウの名前を呼ぶ。
幻聴?
じゃない。はっきりとしたリアルな声。
我に返って、顔を上げる。
ワンピースの水着にコスモスのマークがついた軍服のジャケットを着た姿。
彼女はユウの目の前にいた。
エリート階級たちの社交場。
あたしには場違いな場所だ。
やってられない。明日は試合だってのに。
「そうつまらない顔をするな」
斜め上から下りてきたエルマの声。
振り向くと隣に彼が腕を組むように立っていた。
陸軍の少佐であたしの上司兼ボクシングのトレーナーだ。
「御前はパーティーの主賓の一人なんだ。周りの目を集めていると思っておけ」
そう言ってエルマが続ける。
「笑顔でいろとまでは言わんがな」
ユウは組んでいた両腕をほどいた。
解いたのは腕だけ。
表情を変えるつもりはなかった。
この場にちょっとでも融け込むことが嫌なんだ。
あたしは戦士。そして、明日は大事な試合が控えているんだから。
「ところでコスモス側の選手は誰なんですか?」
「俺も分からん」
はあっと息が出た。試合相手の選手が分かると思って我慢して来たのに。
「いずれ分かるだろう。パーティーの中で試合に出るファイターは必ず紹介されるからな」
「そうですか」
こんなところでパーティーの余興みたいに大々的に紹介されても。
動物園にいる猿じゃないんだから。
エルマが前へと出る。
「どこに行くんですか?」
「挨拶しておかんといかん人間がたくさんいるんでな」
振り返らずに答えるエルマがテーブルの上を指差す。
「くれぐれもここに出てる飯は食べるなよ」
普段から低い声が一段と低くなった、
「どんな手を使って毒を盛ってくるか分からんからな」
そう言い残して離れていくエルマの背中を見ながら分かってますとユウは小さく呟いた。
明日の試合は長年追い求めていたもの。
明日の試合に勝てば父の情報を手に入れる可能性が格段と上がるかもしれない。
四十年前に人類は宇宙に住む時代を迎えた。人口増の問題を解決するために人工の居住地スペースコロニーを開発して宇宙に飛ばしたのだ。徐々にスペースコロニーに移住する人は増え今では地球の人口の五分の一が生活し、スペースコロニーの数も七つになっている。
でも、スペースコロニーは宇宙で生活していても地球の一部であって、彼らは遥か遠くに住む地球人。その構図が差別と搾取をもたらした。
地球側にすべての決定権があり地球が何事においても優先という構図に不満を蓄積させたスペースコロニー側は、すべてのコロニー間でコスモスという同盟を組み、地球に戦争を仕掛けた。一年に渡ったその戦争は地球側の勝利で終わり、スペースコロニーとで和平が結ばれた。それでも、今も地球による差別と搾取は続いている。戦争が終わり和平が結ばれても何も変わらないのだ。
多くのものを失っただけ。大切なものを失っただけ。
あたしの父はその戦争で亡くなった。
あたしの家に爆弾が落とされた。
一人家にいた父。助かるはずがなかった。
爆発した家の中で見つかった父の死体には銃弾の跡が胸にあった。
軍人でなく宇宙学の学者であった父が戦争で銃殺された。それは戦争に巻き込まれたのではなくて計画的な犯行だった。父の友人である宇宙学の学者のエマーソンはそう母に説明していた。幼かったあたしは部屋の外から偶然に聞いてしまった。
父はなぜ殺されたのか。
誰に殺されたのか。
あたしは真実を知りたくて決意した。
軍人になる。そして、コスモス側とで毎年終戦日から三日間開かれる平和の祭典「エターナルピース」のメインとなるイベント、女子同士のボクシングの試合に出て勝つ。試合に勝った地球側の選手は全員が軍人で皆軍の幹部に昇格している。ボクシングの試合でコスモスの選手に勝つことは至上命令。戦争に勝った地球がコスモスに負けることは絶対にあってならないこと。その命令通りにこれまでの九年間は地球のファイターが勝ち続けてきている。軍に入隊して二年目で掴んだ大舞台での活躍の場。幹部になれば戦争で起きたことを知る機会が一気に増える。
そのために十二歳からボクシングを始めた。ボクシングは好きになったしジムの仲間と一緒に練習する日々は楽しかった。そのままジムに残って世界チャンピオンを目指したい思いもあったけれど、父の死の真相を知りたい思いを捨てきれなくて軍人になった。
軍に入隊してからはジムの仲間と会うことはなくなった。いいやつばかりだったけど・・・。特に仲が良かったのはキララ。あたしと同じ年の彼女は同じ時期にボクシングのジムに入会してきた。強くなりたいという理由で。
口の悪いあたしの愚痴に彼女は嫌な顔をしないで聞いてくれた。
分かるよ、ユウちゃんの気持ち。
彼女はよくそう言って頷いてくれた。
彼女にそう言ってもらえるだけでギスギスしたあたしの心は和らいだ。でも、彼女とだけはもう二度会うことはない・・・。
十五歳の時、キララはスペースコロニーに移住してしまったのだ。
もう会うことはなくても、明日の試合はスペースコロニーでも放送されるみたいだから、あたしの元気な姿だけでも見せられたら良いかな。
ユウちゃんはすごいなぁ。
練習の時によく言っていた言葉をもう一度言うかも。
「ユウちゃん」
キララの声がユウの名前を呼ぶ。
幻聴?
じゃない。はっきりとしたリアルな声。
我に返って、顔を上げる。
ワンピースの水着にコスモスのマークがついた軍服のジャケットを着た姿。
彼女はユウの目の前にいた。
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