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「Valkyrie age」第5話

2018/03/10 Sat 17:23

陸軍本部の建物を正面入り口から出た。誰もいない殺風景な光景の中、ユウは大きなバッグを右手に持ち敷地を歩いて正門へと向かう。門へ近づいていくと正門に一つの影が現れた。それはかつての上官の姿。
「出迎えるものが一人もいないと様にならんだろ」
エルダがサングラスを外して言った。ユウのむすっとした表情はほぐれくすっと笑う。
「経験者は語るですか」
「誰のせいでこうなったと思ってるんだ」
エルダは顔を反らす。
「ですよね。すみません、中佐」
ユウは頭を下げた。エルダは顔を反らしたまま黙ったままだ。
「責任は全部上官だった俺にある。だから責任を取って軍を辞めるのも俺一人でよかったんだ。そんな当たり前の理屈も通らない腐った組織だったんだよな俺たちがいたところは」
エルダは顔を反らしたまま言う。
「だからお前は何も気にすることはないんだ。そう伝えようと思って来たのにお前の軽口のせいでまた説教しちまった」
ユウはふふっと笑った。エルダがようやくこちらを見る。
「何がおかしい」
「中佐の小言を聞くのもこれが最後なのかって思って」

「ふざけたやつだ。それにもう一つだけ言わせてもらうがな
「何ですか?」

「俺はもう中佐じゃない」
「そうでしたね。エルマさんって言うのもなんだか違和感があって」

正門を出ると、エルマが指差した。その先には赤い色をした車高の低い車がある。
「車に乗っていくだろ。駅まで送るぞ」
ユウは指を鳴らして言った。
「喜んで」


車に乗ってエンジンがかかり走り始めると、
「これからどうするんだ?」
とエルマが言った。
「軍に入隊するまでお世話になっていたボクシングジムに戻ろうと思ってます」
エルマがユウの目を見つめる。
「世界チャンピオンを目指すっていう顔には見えんな」
「ええ、もう一度地球を代表する御前試合を目指すつもりです」

「強いな、お前の心は。お前はもう二度とリングに上がらないと思ってたんだがな」
「あたしももうリングに上がるのは止めようかなって思ったんですけど…」 
ユウは真剣な眼差しで言う。
「でも、コスモスの代表がキララだったから…このまま終わらせちゃいけないって思って」

「宿命というやつか」
「う~ん…」
ユウは顎を手で支えて唸る。
「運命かもしれません」

「今までいろんなボクサーを見てきたがな、キララ・チガサキ、奴の強さは別格だ」
エルマが続ける。
「いや、別次元と言っていい」

「そうですよね。パンチが一発も当たらないんだもん」

「薬を射してるのかとも思ったが体つきや表情を見るかぎりはそうはみえん。奴の強さの源が何か全くわからん」

エルマの言葉を聞いてユウは改めてキララの強さを認識した。キララになぜパンチが一発も当たらないのか。改めて考えても検討もつかない。

「中佐…エルマさんはこれからどうするんですか?」
「中佐でいい。俺も慣れん。どうせもう会うこともないだろう」

「分かりました中佐っ」
ユウは嫌味を込めて中佐のところだけ言葉を強めた。
「田舎で車の整備の仕事をしようと考えている」
ユウは意外な顔をする。
「潮時だと思ってな。ここらが異常な世界から普通の日常に戻れる最後の機会じゃないかってな」

「普通の日常…そういう選択もありますよね…」

「お前はまだ若い。満足いくまで闘うがいいさ」

「満足か…やっぱ勝ちたいですよ、負けたままじゃ終われない…」

「もう一度言うがキララ・チガサキの強さは別次元のものだ。隠居した身の俺にはお前にこんなことしか言えん」
ユウがエルマの顔を見つめる。しばらくしてエルマが続けた。
「勝てなくてもいい。無事に帰ってこい」
ユウは黙ったまま、窓の外に目をやる。何も思わないようにしていると、車のエンジン音がうるさく聞こえた。


七カ月が過ぎた。ユウはジムメートのサトルと共に陸軍の敷地に入り第二トレーニング施設へと向かった。この日はコスモスとの御前試合の地球代表を選考する大会の日。軍人四名とプロボクサー四名参加による計八名がトーナメント形式で闘い代表を選ぶ。もちろん、地球代表の切符を手に出来るのはトーナメント優勝者で、一日ですべての試合が行われる。前年度地球代表に選ばれたユウはその実績から今年もトーナメントのメンバーにプロボクサー代表として参加資格を手に入れた。

建物の中に入ったユウたちは受付で手続きを済ませ奥へと入っていく。更衣室へ向かおうとして、
「誰かと思えばユウ・アカシじゃない」
聞き覚えのある声が後ろからした。ユウは振り向く。青い軍服を着たウェーブがかかった金髪の女性の姿。
「よくあんなブザマな負け方をしてまた軍部に顔を出せたものね」
そう言って彼女は金色の髪先を右手で掻き上げた。
「何だお前失礼にもほどがあるだろ!!」
声を荒げて一歩前に出たサトルをユウは右腕を伸ばして止めた。ユウはぽんと右の握り拳で左の掌をぽんと叩いた。
「誰かと思えば去年の選考会でブザマにあたしにKO負けされたサーシャ・オーリンじゃない」
ユウはおどけて言うと、サーシャを強く睨み付ける。
「キララの強さが分かってないんだったらサーシャあんたこそ辞退した方がいいんじゃない」
サーシャは唇を吊り上げて笑う。
「分かってないのはあなたの方よ。軍部ではキララ・チガサキのボクシングを徹底して分析して攻略法を見つけ出したわ。その攻略プログラムに選ばれたのがこの私よ」

「ふ~ん」
ユウは白けた目をサーシャに向ける。
「攻略法を見つけたのはいいけどあたしに勝てないんじゃムダってやつでしょ」

サーシャは両肩をゆすりふふっと笑う。
「馬鹿ねぇ。軍を追放されたあなたがこの七か月間軍部で特別なトレーニングを受けた私に敵うとでも思ってるの」

「じゃああたしも言わせてもらうよ。プロボクサーを舐めるな」

「面白いじゃない。決勝まで勝ち上がってくることね。一回戦は海軍のカリナ・アリーナが相手よ。彼女も一年前とは比較にならないくらい強くなったわ」
そう言い残してサーシャは背を向けてこの場を離れていく。


「何だあいつ、プロボクサーを馬鹿にしやがって」
サトルが息巻いて言う。
「サーシャ・オーリン。海軍所属の軍人。父親も祖父も軍人の軍人一家。それでもって防衛大学首席で卒業の軍人エリート」

ユウは両手を首の後ろに当てて、「まぁ」と言って続けた。

「ボクシングじゃあいつに負けたことないけどね。去年の選考会も決勝でKOしてやった」


「恨み節ってやつか。じゃあキララの攻略法ってのもブラフかもしれねえな」

「ブラフね…」

「俺たちだってキララのボクシングの研究は十分にしてきた。それで出した答えはパンチをスピードをさらに上げていくだ。ボクシングの地力を上げていくのが一番ってな。攻略法なんてたいそうな言葉に振り回される必要なんてねえんだよな。なぁユウ」

ユウは黙って頷いた。シャツの袖をめくって手首にはめているパワーリストを見る。右手左手共に十キロの負荷。科学的なトレーニングが隆盛のこの時代であえて古典的なトレーニングを重ねてきた。それこそが最もボクシングの地力を上げるのに適したトレーニングだと思ったからだ。プロボクサーになってプロのリングにも上がった。世界ランカーと二試合闘ってどちらも早いRにKO勝利した。去年の御前試合の時より数段強くなった感触はある。でも、まだキララに勝てるとは思えない。御前試合までの四カ月でもっと強くなる必要がある。今日の選考会は自分の実力を試す良い機会だ。あれからどれだけ強くなったのかサーシャと闘えばわかる。キララ対策のトレーニングを積んできたと言ってるけど、キララのボクシングの恐ろしさを知っているのは実際に拳を交えたあたしだけ。そして、キララに勝つ可能性があるのもあたしだけだ。
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